みなさんこんにちは、センチュリー21サグチ不動産の佐口悟です。
先月十何年ぶりに鹿児島に行って参りましたので、その旅行記を3回に分けて投稿します!
まず、中部国際空港セントレアから(笑)
何故ここからかと思われたと思いますが、鹿児島へのフライトが早めだったので、セントレアで朝食のうどんを頬張りながら、何気なく隣のテーブルに視線を移したら、中学時代の同級生女子5人がビールを飲みながらワイワイと(笑)
声をかけたらみんなびっくりで!!!
子供たちも手が離れ女子5人で朝からビール飲みながら札幌と小樽へ旅行だと。
中学卒業してから初めて会う子も2人居て本当この偶然から僕の旅行がスタートしました。
さて鹿児島では最初に国定天然記念物に指定されている日本一の巨樹「蒲生のクス」を見て参りました。

推定樹齢1500年のこの大クスは、蒲生八幡神社に神木として祀られており、内部には約8畳敷の空洞があり、その姿はまるで怪鳥が空から降り立った様子と言われております。
その大クスから鹿児島半島を最南端まで移動して、早速指宿市で「砂蒸し風呂」に入浴!
この日はあいにくの雨模様でしたが、国内外男女問わずみんな浴衣姿になり、首から下を砂に埋められてポカポカと。
10分程体内の老廃物が汗と共に流れながら、これって混浴になるのかなとひとりごちておりました(笑)
砂蒸し風呂でたっぷり汗をかいた後は、「池田湖」へ。
そう僕ら世代の方は記憶にあると思いますが、幻の怪獣「イッシー」の湖です!
指宿から池田湖を一周し次に目指したところは、JR日本最南端の駅「JR西大山駅」へ。
その最南端の駅で薩摩富士と呼ばれる開聞岳をバックにして列車をカメラに収めたくあらかじめ時刻表で14時34分の通過を確認して撮影しましたが、ここでもあいにくの雨に・・・。
続いて向かった先は、鹿児島の錦江湾に浮かぶ無人島の「知林ケ島」です。
湾に浮かぶ島なのですが、干潮時には指宿の岬との間に砂州が現れて知林ケ島へ歩いて渡ることが出来るため、これも事前にリサーチして干潮を狙って行きました!
しかしここでも雨が・・・。それも台風のような物凄い突風で手にしていた傘もラッパになってしまい、知林ケ島へ渡ることを途中で断念・・・。
元来た道を戻りながら途中名残惜しげに振り返ると僕の人生の中で一番大きく、くっきりと綺麗な虹が!!!

そして今宵の宿は指宿温泉ではなく、「うなぎ温泉」へ。
うなぎ温泉は、征韓論に敗れ下野した西郷隆盛が、逗留したことで有名で、その後西郷隆盛は、西南戦争に敗れ亡くなるわけですが、その西南の役は次回投稿しますが、その西郷隆盛が愛好した温泉です。

鰻池湖畔を望みながら西郷隆盛が愛した温泉に、三度浸かりこの日雨で冷えた身体を温めながら、西郷隆盛の気分に浸りました。
翌日は前日とは打って変わって晴天に!
昨日その姿が見られなかった薩摩富士と称される「開聞岳」を望みながら向かった知覧特攻平和会館へ開館と同時に入館しました。

知覧は第二次世界大戦末期に、その劣勢を挽回するがため、展開された特攻作戦ゆかりの地になります。
この「知覧特攻平和会館」には、爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃した隊員の遺品などが展示されておりますが、その中でもまだ少年なのに特攻隊員として亡くなられた戦死者の家族に宛てた遺書や日記に涙せずにはいられません。
そして若干15才や16才にしてご両親や兄弟にこれから自分は死ぬ身でありながら、家族の健康などを気遣う想いがそれも見事な達筆で書かれておりました。
ここはいかにこの特攻作戦が愚弄行為であり、戦争が間違ったものであったかがあらためて思い知らされます。
さて、指宿・知覧の最後は、知覧武家屋敷です。
薩摩の小京都と言われる知覧武家屋敷は江戸時代より薩摩藩の領地として造られ現在は風致地区として保存されております。
観光の途中お手洗いを市役所知覧支所に拝借した際に面白いものを発見!
鹿児島県は、静岡県とトップを争うほどお茶の生産量が多く、県内のところどころにお茶畑が多く見られました。
その知覧支所を入ってすぐに自由に飲める知覧茶のサーバーがありました。
早速遠慮なくいただきましたが、それがなかなか美味しかったので近くのお土産屋さんでいっぱい購入してしまいました(笑)

さて、指宿・知覧の旅を終え、次回は西南の役を巡る鹿児島市を投稿いたします!